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ゲージと編み目について

 

 突然ですが、あみもので一番難しいことは、何だと思いますか?

私は「ゲージをきちんと合わせる、そして最後までそのゲージを守って編む」ことだと思います。これは当たり前のようでいて、本当に難しい。デザイナーの意図を汲みながら様々なゲージに対応しつつ、きちんと作品を仕上げる技術をお持ちの方には、ニッターの仕事をお願いしたいくらいです。ほぼ毎日編んでいる私でも、同じゲージで編むことの難しさを痛感しています。

 では、ゲージとは何か。

多くの基礎本に書いてありますように、これは編み目の大きさを表すものです。本に記載されたゲージに合わせることで、製図通りのサイズのものが編めます。ゲージの採り方は次の通りです。作品を編む前に、作品と同じ糸と針で、身頃や袖を編む編み地を15~20センチ四方の大きさに編みます。スチームアイロンをかけて編み目を整え、編み地を冷まします。そして編み目が安定している場所で(編み地の端は避ける)縦横それぞれ10センチを測り、その中にある目数・段数を数えます。何か所か測っておいて、平均値を出すのも良いと思いますが、出来れば、どの場所も同じ編み目の大きさであって欲しいと思います(希望)。アラン模様のように模様編みによってゲージが異なるもの、ゴム編み、ガーター編み等の伸縮する編み地、編み目に方向性のある模様編み等、これとは異なる方法でゲージを取りますが、これはまた別の機会にお話ししたいと思います。

 自分のゲージが本に記載されているゲージと合えばよいのですが、合わないこともあります。その場合、針の号数を変えることで調整します。手加減を変えるのでは、最後までそのテンションを保つのは難しいからです。目安として、1号太く(細く)すると1目少なく(多く)なります。(ゲージの目数が少ない(多い)=編み目が大きい(小さい)、ということです。)結果的には、1号太く(細く)すると作品の大きさは一回り大きく(小さく)なる、という具合。ですが、実際には、これでも合わない方は多くおられると思います。目数が合っても段数が合わない、段数が合っても目数が合わない等、ゲージの悩みは奥が深いのです。手加減だけでなく、編み地幅や編むスピード、糸玉の巻き方、その日の体調や気分によってもゲージが変わってしまう。編み目はとてもデリケートなのです。

 

 どうしてもゲージが合わない場合、できる限り「目数」を合わせる方が良いように思います。編み図の目数を修正するのは意外に大変だからです。糸に対して推奨される針の号数が糸のラベルに記載されていますが、あくまでも目安と考えてよいと思います。その号数以外の針で編んではいけない、ということはないので、まずは目数を合わせることを目標に作品を編む針の号数を決めましょう。段数は必要寸法になるまで編めばよいのですが、あまりに違う場合は、カーブや斜線の割り出しをし直す必要があります。

 そして、もう一つ大切なこと。ゲージを編むことは大切ですが、それを作品に生かすことが大事なのです。極端に言えば、ゲージ用の編み地が1目1段位違っても構わない。それを元に、作品では号数を1号変えてみよう、これ以上きつくならないように(緩くならないように)しよう、と意識してみましょう。編んだゲージは手元に置いて、時々作品の編み目とチェックしてみましょう。このように、編み目の大きさに意識を少し向けるだけでも、かなり希望の寸法に近いものが編めると思います。

 ゲージが合ったら、いよいよ作品を編み始めます。ウェアの場合、どのパーツを先に編むか順番が決まっている訳ではないのですが、後ろ身頃、前身頃、袖、縁編み、の順に編むことが多いです。後ろ身頃を袖ぐり下辺りまで編めたら、一度ゲージをチェックしてみましょう。最初に編んだゲージよりも大きな面積が編めていますし、編む手も慣れて正確なゲージが測れます。ここでゲージが合っていればOK!同じ手加減で先へ進みましょう。人によっては、ゲージが合ったことでほっとして手が緩くなったり、編み地幅が広くなって編むスピードも速くなり編み目がきつくなったりする場合があります。身幅の調整が必要であれば、前身頃の編み地幅(=作り目の目数)を変えることで、とじ代の位置がずれますが、希望の寸法に近いものが編めます。

 また、ゲージが変わりやすい場所、というのもあります。例えば前後身頃の袖ぐり、衿ぐり。減らし目の操作が入る時、編み地幅が狭くなる時、編むスピードが落ちるので、編み目が大きくなりやすいのです。そして袖。縦長の編み地は縦に伸びやすいという編み地の特性もあり、段数(編み目の高さ)が変わり易いのです。そのことを頭に入れておくだけでも、自然と手が「気をつけよう」と意識してくれるものです。

 実際のところ、編む手加減は、人によってかなりの幅があります。一般的にフランス式(左手に糸をかける)で編む人と、アメリカ式(右手に糸をかける)で編む人とでは、編み目の緩さ、きつさにある程度の傾向があるように思われますが、これも一概には言えないのです。例を挙げれば、私自身アメリカ式に似た編み方をしますが、編み目がきついのでは?と言われたことがありました。それで、フランス式に転向してみようと練習してみたところ、編み目がもっときつくなってしまったのですよ。自分以外の編み目、編み方を想像するのは難しいのですが、私自身経験を積んで、ゲージに対する考え方ーウェアは、着易く型崩れしにくいもの、小物は使用目的に合わせて素材の質感を大切にした編み地を目指す等ーはしっかり持っていたいと思っています。

 

 では、どうしてこれほどまでに編み目が違うのか。それは人間が編むからです。作品を編む際にはゲージを合わせるという前提がありながら、全く同じものにはなりません。けれど、それこそが手編みの素晴らしさではないでしょうか。書き文字からその人の人柄や思いが滲み出ているように、編み目からも感じることが多々あります。編み目が揃っているとかいないとか、そういうことは問題ではありません。編み目には、その人が編むことに向き合った時間が込められているのです。拙くても一生懸命編んだ編み目を見ると、がんばったねと思わずハグしたくなる。編み地から、その人の誠実さや真摯な思いを感じると、頭を下げずにはいられない。同じ人がいないように、同じ編み目はないような気がします(似た傾向の編み目はあると思いますが)。

 たとえその人が何も言わなくても、編み目は編んだ人を雄弁に伝えています。編み目がその人自身だからこそ、着ると自然体でいられるし、好きな誰かが編んでくれたら、うれしくなる。体の奥から力が湧いてくるような、勇気や自信をもらえるような。人が編んだものには、そんな力があるように思います。

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